2006 年
10 月
23 日
「不登校」をどうとらえるか?
〜多様な「学びの場」の実現を。〜
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先日、福岡県で起きたいじめが原因の中学2年生の自殺は、いじめの始まりが、担任の教師の生徒をからかう言葉だったことが発覚しました。 世田谷区は、「人の悲しみを、自分の悲しみにする子ども」を、世田谷の子ども像として、教育ビジョンを策定、教育を実行しています。 このことを教訓として、大人自身・教育委員会自身が、「子どもの悲しみを、自分の悲しみにできる」ことを、強く意識した教育を心がけることが必要だと、改めて感じます。
今年7月に、不登校児「学力支援」のためにつくられた学校・京都市立の「洛風中学校」に視察に行きました。ここは、特区をとり、新たなかたちの「学び」と「育ち」の場となる学校を目指して、平成16年に開設されました。時間割は、通常の980時間よりも余裕をもたせた、770時間。数学・英語・国語のほかに、自分自身を振り返る時間「ヒューマン・タイム」もあるなど、ひとりひとりの精神状態や体調を加味した一日の過ごし方を尊重し、学生ボランティアなど地域の方たちの支援を得て、不登校を選んだ個々人の状態にあわせたカリキュラムを実践しています。この学校のもうひとつの特徴は、「卒業」するということで、「学籍は違う学校に置いて、いつかはそこへ戻る」という通過施設ではないということです。世田谷区のほっとすくーる(不登校児対策を目的として解説している区の施設)との大きな違いはこの点です。 不登校をとらえる時、ややもすると、「不登校」イコール「甘え」という見方に陥りがちです。しかし、その背景にある「学校制度の問題」「子どもひとりひとりの特性」「社会のあり方」などをしっかりと見極めて、一人ひとりの子どもを理解しようとしなくては本質に触れることは不可能です。 社会は、厳しいのだから、厳しい社会を渡っていくためには、甘やかすことは、ためにならないという考えをもっている大人も多いようです。 今回の決算特別委員会では、世田谷の教育のあり方について、『これから大きく発想転換をし、例えば、ホームエデュケーションやフリースクールといった「学びの場」もしっかりと位置づけることや区立で洛風中学校のような新しい形の学校の設立について、教育委員会の考え』を聞きました。 しかし、教育委員会は、国が不登校に対し多様な対応を認め始めていることは認識しているものの、前向きな検討をするとは残念ながら答えませんでした。これからは、子どもの「学びの場」「教育の場」については多様性を認めつくり出すことが大切ではないかと思います。子ども一人ひとりの「生き方」を社会全体が認め支えていく考え方にたたなくては、大人が子どもの人権を侵害する事件はあとを絶たないでしょう。今、人権侵害が、教育現場で多く起きているということを認め、根本的な転換を決意するべきです。
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